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【大日本正義団】来歴・系譜・施設・組織図まとめ/日本ヤクザ・暴力団(2022年11月更新)

概要【大日本正義団】

大日本正義団(だいにっぽんせいぎだん)は大阪府に本拠を置いた暴力団。

略歴【大日本正義団】

  • 1971年1月16日、大日本正義団は、二代目松田組系村田組の右翼団体として結成され、団長に村田組・中馬大典が就任した。
  • 吉田芳弘が会長に就任してから純然たる暴力団となり、賭博、覚醒剤をシノギとした。
  • 1975年7月26日、二代目松田組と三代目山口組との間で「大阪戦争」が勃発。
  • 1975年10月3日、大阪日本橋筋商店街で会長・吉田芳弘が、待たせていた車のドアを開けようとしたところ、山口組系佐々木組組員2人が近づき、拳銃を3発発砲、3発全てが胸に着弾し吉田芳弘は約15分後に死亡した。
  • 実弟・吉田芳幸が二代目会長に就任。
  • 1978年7月11日、大日本正義団組員・鳴海清が三代目山口組組長・田岡一雄を狙撃。
  • 1982年11月、石川明が三代目会長に就任。
  • 大阪戦争」終結後、松田組は「松田連合」に改称し組織再建を画策したが、傘下組織は相次いで離脱し、勢力は激減。
  • 1983年5月25日、「松田連合」は解散した。
  • 大日本正義団は、波谷組の傘下として存続。
  • 1990年6月28日、山口組波谷組の抗争「山波抗争」の勃発により、事実上、波谷組は解体。
  • 1990年12月11日、大日本正義団三代目会長・石川明は、波谷組から脱退し、大日本正義団を解散させた。

系譜【大日本正義団】

団長

  • 中馬大典

会長

  • 初代:吉田芳弘
  • 二代目:吉田芳幸
  • 三代目:石川明
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