代紋

主な施設【竹中組】
- 元本部:岡山県岡山市中区新京橋1-7-15
来歴【竹中組】
初代
- 1960年8月、竹中正久が地元の不良を糾合し、竹中組を結成。
- 1961年12月13日、当初は山口組の接触に対し、山口組入りにこだわっていなかった竹中正久であったが、山口組組長・田岡一雄から盃を受け若中となる。
- 1971年、山本健一の山口組若頭就任に伴い、竹中正久が若頭補佐に昇格。
- 1981年7月、山口組組長・田岡一雄、翌1982年2月に若頭・山本健一が相次いで死去。
- 1982年、竹中正久が三代目山口組若頭に就任。
- 1984年6月5日、三代目姐であった田岡文子の強い意向もあり、竹中正久が山口組四代目を継承。
- 兵庫県神戸市の三代目山口組本部兼本家が工事中であったため、兵庫県神戸市の竹中組本部事務所を四代目山口組本部とした。
- 1984年6月13日、三代目山口組組長代行・山広組組長・山本広は、四代目山口組の跡目争いに伴い離脱、一和会を結成。
二代目
- 1984年6月23日、竹中組若頭・岡山竹中組組長・竹中武は、竹中組を継承し、四代目山口組に参画。跡目は継いでいたが、二代目を名乗らなかった。
- 1985年1月26日、一和会常任理事・悟道連合会会長・石川裕雄が指揮し、一和会・二代目山広組若頭・後藤栄治、同組行動隊隊長・長野修一、実行犯の同組員・長尾直美、田辺豊記、立花和夫により、神戸の山口組新本部の上棟式後、大阪府吹田市のマンション「GSハイム第二江坂」の1階エレベーター前で収監前の竹中正久が銃撃される。
四代目山口組組長・竹中正久、山口組若頭・豪友会会長・中山勝正、山口組組長秘書・南組組長・南力が銃撃され、中山勝正は4時間後に死亡、南力は即死、竹中正久は大阪警察病院で翌27日に死亡した。 - 1985年2月1日、兵庫県警機動隊と岡山県警は、賭博開帳図利容疑で、竹中組組長・竹中武を逮捕し、1年5か月拘留。
- 1985年3月24日、竹中組内塚川組組員・桃井省三が、甲子園球場の駐車場で、一和会特別相談役・大川覚の長男を銃撃。
- 1986年1月21日、竹中組内大西組組員・前田哲也と山本孝道が、兵庫県加古川市で、一和会加茂田組舎弟・小野会会長の小野敏文を射殺。
- 1985年10月27日、竹中組内杉本組輝道会会員・清山礼吉と山本尊章が鳥取県倉吉市のスナックで、一和会幹事長補佐・赤坂組組長の赤坂進と同組員・田中義昭を射殺。
- 1986年2月27日、竹中組内柴田会組員・井垣道明と星山勲が、兵庫県姫路市深志野の四代目山口組組長の墓前で射殺された。
- 1986年5月21日、竹中組内二代目生島組幹部・北原智久と大宮真浩が、大阪市の路上で一和会副本部長・中川連合会会長の中川宣治を射殺。
- 1988年2月17日、兵庫県警は、神戸市東灘区御影の路上で、竹中組若頭補佐・増田組組長・増田国明と同組員・西浦恵信の乗車していた車内から拳銃4丁、アメリカ軍用M67型手榴弾2個、実弾25発を発見し、現行犯逮捕。
- 1988年5月14日、竹中組組長秘書・安東会会長の安東美樹らは、神戸市東灘区御影の一和会会長・山本広の自宅前で、警備中の警察官3人を銃撃。
- 1988年10月1日、竹中組内二代目西岡組組員は、愛媛県松山市の全日空ホテル前で、一和会神竜会会員・山下竜二を銃撃、山下竜二は翌日死亡。
- 1989年3月30日、一和会会長・山本広が、引退と一和会の解散を表明。
- 1989年4月27日、三代目山口組若頭・二代目山健組組長・渡辺芳則が、五代目山口組を継承。
- 1989年6月5日、四代目山口組若頭補佐・竹中組組長・竹中武、四代目山口組若中・森唯組組長・森田唯友紀、四代目山口組若中・二代目牛尾組組長・牛尾洋二は山一抗争終結に反対し山口組を脱退、解散した一和会に報復を続けた。
- 1989年7月28日、二代目竹中組組長・竹中武は独立組織となり「竹菱の代紋」を掲げた。本部は岡山市に置いた。
三代目
- 竹中組組長代行・竹中正は、三代目竹中組組長を継承。
- 2014年5月、三代目竹中組組長・竹中正が死去。

【六代目山口組】来歴・系譜・施設・組織図まとめ/日本ヤクザ・暴力団(2023年10月更新)
概要【六代目山口組】
六代目山口組(やまぐちぐみ)は兵庫県神戸市灘区篠原本町4-3-1に本部を置く特定抗争指定暴力団。
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脱退した傘下組織【竹中組】
杉本組
- 舎弟頭補佐・杉本組組長・杉本明政は、二代目竹中組を脱退し、宅見組に移籍、組長代行に就任。
二代目西岡組
- 二代目竹中組副組長・二代目西岡組組長・青木恵一郎は、二代目竹中組を脱退し、宅見組に移籍、副組長に就任。
安東会
- 1988年5月、二代目竹中組組長秘書・安東会会長・安東美樹は、二代目竹中組を脱退し、一心会に移籍、舎弟に就任。
- 2011年、三代目一心会会長に就任。
柴田会
- 1989年4月、二代目竹中組若頭補佐・柴田会会長・柴田健吾は、二代目竹中組を脱退し、二代目吉川組に移籍。
- 1991年12月、五代目山口組若中に昇格。
- 2014年4月、柴田会会長・柴田健吾が死去。
- 2014年4月、三代目一心会副会長・安東会会長・安東美樹は、三代目一心会内安東会と柴田会を統合し、二代目柴田会会長を継承、六代目山口組若中に昇格。
- 2015年9月10日、二代目柴田会を「二代目竹中組」に改称。
大西組
- 1992年2月、二代目竹中組若頭・大西組組長・大西康雄は、二代目竹中組を脱退し、後藤組に移籍、副組長に就任。
- 五代目山口組若中に昇格。
- 2008年7月、大西組組長・大西康雄が病気を理由に引退。

【六代目山口組】二次団体一覧/日本ヤクザ・暴力団(2023年10月更新)
【六代目山口組】二次団体
茶谷政一家(北海道)
二代目旭導会(北海道)
四代目誠友会(北海道)
七代目...